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2011年10月7日金曜日

Gesichter



昨日、末っ子を連れて久しぶりにどうしても行きたかった美術館の特別展示を鑑賞してきた。

Bode Museumにルネッサンスのイタリアにおける様々なポートレートが展示してあるのだ。
私にとっては、またとない機会である。
待ち時間があるとは噂に聞いていた。オンラインでもチケットの予約ができない。VIPチケットも売り切れているという。そうとうの混み具合だと予想はついたが、いくらなんでも3時間以上ということはあるまいと、昼過ぎに出かけた。
出かけたと言っても、車なら5分で美術館についてしまうのだが、都心の駐車状況は良くないため、多少離れたところに駐車しなければならない。
それでも最後には罰金を取られた。


13時前に並び始めて、13時半にチケットを買ったが、番号は1400番台で、とても16時前には入れないという。そこで通常の展示館内をゆっくり鑑賞することにした。主にゴシックあたりからの教会の礼拝堂の絵画や三連祭壇画などが充実しているが、かなり美しいものもあるので、12世紀から16世紀あたりに興味のある人には一見の価値がある。



ところで私たちは地下の子供用の展示「ドラゴンと英雄達」の一角を訪れ時間をつぶすことにした。ドラゴンが実在していたのか、生物学的に考古学的に証明できるか、などのテーマは一切扱われておらず、10歳までのコーナーにしては子供臭かったが、末っ子は大喜びで遊んでいた。
中国のドラゴンを描いて、花火も添え、城砦を日本の城に見立てて、侍を下に書こうとしていたから、子供のファンタジーは幅広い。



ここまで終えて4時近くになったので、いったん美術館を出て、近所のまずい寿司を食べに行くことにした。
何しろ昨日は木曜日で、22時まで開館しているということを忘れていたのだ。つまりチケット番号と比べてもとても18時前には入れないと分かったのだ。
寿司をもりもり食べた少年は満足して美術館に戻り、18時頃エスプレッソをすすり、隣接している本屋で何冊か買い物をした。そろそろしびれを切らせた息子とともに特別展示に入れたのは19時半。9時直前まで鑑賞して売店でカタログなどを買い、雨の中車に走り帰宅した。

びしょぬれになって、駐車禁止罰金をくらい、疲れきって棒になった足で帰宅したが、末っ子は一日中上機嫌で、鼻歌を歌って寝る準備をしていた。もちろんそれを眺めていて、休みぐらい、こうして何かを一緒にすることで、小さな思い出作りをコツコツしてやらなくてはいけないなと、ちょっと反省した。

上の息子は州立オケの合宿で留守で、娘は相変わらず我が道を突き進んでいる。
来週は上の子が帰宅するので、今度は3人でMartin Gropius Bauで開催されている北斎展に出向こうと思うのだが、これほどの待ち時間がないことを祈る。

内容は、色々とあったのだが後日記したいと思う。

2010年4月6日火曜日

フアナの狂気



今日考えたことは、正常と異常の境目は当然つながっていて、その線は曖昧だということ。フアナの本を読んでいても、彼女が病理学的に異常、つまり二大精神病である、総合失調症や躁うつ病だというには資料も少ないが、言い切れないわけで、症状もボーダーライン上にあるという気がしてならない。

そもそもボーダーラインと呼ばれる性格、性質があるように、人間は誰しも正常な部分と異常な部分を持ち合わせている。

私は医者でもなければ、いかなる専門家でもないので、これについて語ることはできない。そういうのは専門書を読めばいい。

ただフアナの本を読みつつ思ったのは、嫉妬する女は怖いとか、嫉妬は愛情の形とか、嫉妬深いとか嫉妬心というのが、大問題になっているけれど、嫉妬心は性格特性だけによるものじゃないと思う。
状況によって、嫉妬心が強くでてくることもあるのは、誰でも知っていることだと思うけれど、私の個人的体験では、様々な要因が重なって嫉妬心が煽られることがあると実感する。

まず、本人自身のコンプレックスの度合い。コンプレックスを持たない人間はいないが、そのコンプレックスが強いと、自信のよりどころが不安定である。なので、ちょっとした変化や出来事は、割りと簡単にその閾値を越えて、ストレス状態を生み出してしまうことがある。こうなると嫉妬はストレスによって左右されるとも言えるのではないか。

そしてその変化や出来事は、おそらく第三者や環境によってもたらされる。
何を仮定したいかと言えば、世の中には、もちろん故意にではなくとも、相手をヤキモキさせて常にストレス状態の閾値あたりに縛り付けておくような行動があるのではということ。

これも個人的体験によるものであるが、当人はあっけらかんとしてるが、果てしない灰色状況を保ち、信頼関係を築こうと努力はしてくれるものの、そのコミュニケーションに本人の魂が宿っているのかどうか、どうひっくり返しても分からないという場合。
何度慰められて、何度信じてくれと言われても、魂の宿らない言葉は、神経のむき出しのセンサーのようになったストレス下の嫉妬心には、あまり効き目がない。

もっと酷いのは、相手自身の行動が神経症じみていて、さまざまな人格を操るかのように複数の仮面で接してくる場合。
ある日は愛情深く、本人も愛していると信じて疑わないので、こちらも100パーセント心を開いてしまう。開かざるを得ないような正直さで、真摯に愛されるのである。つまり、こちらは傷つきやすい面を相手に委ねていることになる。
ところが、予想できないきっかけにより、相手はいつ豹変するか分からないことから、ストレス状態への閾値にいるという緊張感は、一向に変わらない。
そして、文字通り、昨日あれだけ愛されていたはずが、今日は罵倒され傷つけられ責められるといったことが起きる。こちらは、言い返すも元々通りが通っていない相手の行動である。道理で勝負すること自体が無意味と言うストレス。

つまり、このような態度をとられると、売り言葉を買えば大喧嘩になり傷つけあい、売り言葉を買わずに相手の言葉に迎合すれば、お前は本当は聞き流していると罵倒され、無視すればどの部屋までもどんなところまでも追いかけてきて放してくれないという事態になるのである。
よって、相手がこうなると、うずくまって耳をふさいでいようとも、嵐は必ずやってくるのであって、売り言葉を買おうが買うまいが、そのストレスの度合いはどれをとっても同じと言う結果。

こういう相手の行動を私は、精神的テロ行為だと位置づけているが、こういう男性と例えば何年も生きていると、一体どちらの言い分が正論を述べており、健全であるか分からなくなってくることがある。

正常と異常の境目は、完全に煙にまかれてしまうのだ。

フアナは、アンテナのように繊細な心を持ち、不安感を抱え、政治的にも社会的にも若くして過剰な役割を担ったと言うストレスがかかっていた。そして言葉の分からないブリュッセルに嫁ぎ、夫フィリップだけが頼りであったが、このいわゆる浮気者で有名な王子は、おそらくフアナの情熱的で不安定な性格に疲労したのもそうであろうが、当人自体の行動も、大いに灰色ゾーンに包まれた上、彼女に対して熱くそして冷たく当たり、約束をし、それを破りと言う行為を続けたに違いない。さらに政治的な権謀数述が関わってきて、信頼関係の土台は崩れ去ったにもかかわらず、彼らは殆ど最後まで、男女としての交わりは止めなかったのである。

狂女として彼女を知り、狂女として何世紀も有名になってしまった彼女についてより多く知ったとき、私は非常に悲しくなった。何日も何週間も、悲しみに明け暮れて、彼女の生きた世界から抜け出すことができなかったことを覚えている。
当時、私は近世の死者のミサやMemoriaについて勉強していたので、死者が現存するものとしてごく当然に扱われていた当時の世界観に浸りきっていたともいえる。その中で、夫の遺志を遂げるべく、棺桶を引きずりながらスペインの乾いた国土を厳冬の中グラナダを目指し、さまよい続けていたフアナの姿を思い浮かべると、これが原因で狂女と言われたけれど、やはり納得がいかない気持ちで一杯になった。

彼女は、常に想像を絶するストレスに曝され、ストレス症状(現代ではパニック症候群やノイローゼといった神経症)を発し、それが唯一甘えの対象、頼りの対象であったフィリップへの嫉妬心として向けられた。しかし、実はこのフィリップ自身が、彼女の嫉妬心を静めるべく術を知らず、精一杯の愛を持ってなだめても、彼女の深く繊細な心の奥までは到達できず、彼女にとっては灰色の答えでしかなかったり、また彼自身の行動の支離滅裂さが、一層嫉妬心を強めてしまったと言う結果になったとも言えるのではないか。

何故今、またフアナに舞い戻って 考えているのか、私自身の中にある原因はわからない。

けれど、正常も異常も、私はそんなことどうだって良いと今日考えた。
病理としての精神病が発見されたなら、薬を飲んで治療する必要があるが、そんな症例は少ないだろう。

今日、ツイッターである方が、「そういう精神病患者は一目見ればわかる、フアナの場合は、精神病ではなかった。環境がそうした。私の感がそう言う。」と返事を下さった。
おそらく医師であろうと思うが、ずっしりと信頼できる言葉であった。

フアナをみても、現代の医師は、おそらく神経症と診断するのではないか。
そして、神経症なら、私達皆、多かれ少なかれ神経症であるということは、間違えない。

今日の思考は、こんなところであった。

2005年1月6日木曜日

Kristeller

2005年1月6日

今日はずっと頭に引っかかっていたことがひらめいた。Monteverdiは、彼の人生後半で、すでにバロックの時期にあったにもかかわらず、何故、もう一度マドリガルやオペラの中で、百年以上も前のヒューマニズムの詩人、ペトラルカなどを取り入れる必要があったのかと言うことが分からなかった。何故、イタリアに、ルネッサンスの終わりに、ヒューマニズムのリヴァイヴァルがあったのかと言うことを説明することができない。色々と調べたが、どこにも載っていない・・・。しかし、かの有名なルネッサンス学者、Kristellerの本を開いたら、やはりあった。


 
ルネッサンスでは、すでに音楽理論的には、自由な作法が許され、ポリフォニーからの自立がゆっくりとだが行なわれていた。その続きで器楽音楽がさかんになり、Camerataが生まれ、更にいよいよJacopo Periのエウリディーチェを筆頭に、オペラが成り立つ訳だ。その時代に、非常にポピュラーであったMarinoの詩を使う、Marinismをしかし、古い姿勢の古典的批判家は、徹底的に拒否する。マリにスムは、言葉の技巧と言っても良く、表面的なきらびやかな内容で、たくさんのテーマを扱い、人々の人気であったが、バロックの詩であり、いわゆるルネッサンス初頭のヒューマニズム時代のような、内省的な、精神の奥深くを探究せざるを得ない情感の表現とは全く違うものだった。この古典的批判家たちは、ペトラルカなどの作家の詩は、歌われ演奏されることを目的として書かれたものであるという点から、また再び認識し始めたと言うのだ。 うーん。大体これで説明がつく。オペラが成り立ったことにより、再び、詩と音楽の一体感が問われる様になったということか。しかし、Monteverdiは果たして、1607年にオルフェオがかかれる前に、器楽曲に集中したり、詩と音楽に執着しない作法を取っていたのだろうか・・・。ここのところ、もう少し調べてみる必要あり。記憶には残っていないところが恐ろしい。全部メモっておいたのに。 ところで、ここに、Kristellerの本をご紹介。ルネッサンスとヒューマニズムといったら、この人です。私は、この本から必要な点を発見した訳じゃないが、ドイツ語版のせいか、同様なものが無いので、これをここに付ける。しかし、この一冊で、ルネッサンスの思想は、すべて理解できるであろう。

2005年1月2日日曜日

Monteverdi マドリガル



http://www.amazon.com/Monteverdi-Ottavo-Libro-Madrigali-Vol-1/dp/B000005W5F

2005年1月2日
早速だが、このCDをここに残しておきたい。Monteverdiについて研究するにあたって、いろいろなCDが推薦されていると思うが、私の現在のテーマには、このCDがもっとも興味深い例をそろえている。これは、Monteverdiが1620年代から温めていた、新しい形式が実に良く表現されているもので、いわゆるstile oncitatoがデモンストレートされている。もともとはオーストリアのフェルディナンド二世にささげられたものだが、公式に出版されたのは、フェルディナンド三世の時期になってからで、三十年戦争の勝利を内容に加えて出版された。興奮した形式と呼ばれるが、もともとは、百年前に過ぎ去ったヒューマニズムの流行にのっとって、ギリシア古典時代のピリキウスの典型的戦争舞踏のリズムを再生しようとすることをモンテヴェルディは試みた。全音を十六分音符に分解することによって、興奮に対する音楽的表現を作り出したと言える。しかし本当の意味でのオリジナリティーは、モンテヴェルディが愛の詩の間にこそ、この戦争的リズムを取り入れたことにある。この時期の詩は、愛に敵対心を持って歌われることが多く、心を守る防御の壁を打ち破るものが愛だとされている傾向が見られる。その愛による心の乱れの部分に、この新しいスタイルが戦争的リズムをとって取り入れられ、いわゆる、メタファーとしての役割を果たしていると言えよう。つまり、愛によってかもし出される興奮を戦争的リズムが表しているといえる。このメタファーの使用、ギリシア古典の伝統の再使用などは、典型的なヒューマニズムの動きであり、1450年から150年にわたって、最盛期を迎えていたこの活動がすっかり過ぎ去ったあとに、Monteverdiが、もう一度このようなものを取り入れたことは、興味深い。彼は、実際、ルネッサンスに終焉の鍵を渡した人間で、バロックへとつないだ作曲家である。それが、こうして古典から生まれだした新しいスタイルを発展させたことによって、音楽史上、全く新しいディメンションが生まれたことは実に素晴らしい現象だ。 色々な録音も出ている模様だが、私はこのCDを強くお勧めしたい。学問的な興味が無くても、非常に美しい曲がそろっている。チェンバリスト兼指揮を受け持つRinaldo Alessandriniは、Monteverdiの第一人者と言っても良く、素晴らしい音質で録音され、スタイル的にも、他の音楽家の質も、素晴らしい出来上がりだと思っている。決め手はテンポ感で、速すぎても、遅すぎてもいけない。それには、エポックのスタイルを熟知している必要があり、彼はその点で素晴らしい感覚を見せていると私は思う。ルネッサンス時代の歌曲がすべてそうであるように、詩が躍り出るように前面に出て、音楽がその内容を更に強調するような解釈がなされなくてはいけない。その実力をアレッサンドリーニ率いるEnsemble Concerto Italianoは最大限に発揮している。音楽と詩が織り成す、魔術的とも言える、命のみなぎりと、力強さの効果はここで十分に証明され、これらがMonteverdiのもっとも生き生きとした作品に属することが分かるだろう。