2013年2月10日日曜日

心臓を貫かれて ―― 抜粋

訳者の村上が言うように、確かにかれは文章を書く間に、多くのどうどうめぐりのような状態に陥ってしまったのかもしれない。核心にすっとはいることができない彼のトラウマが原因で、その「ぐるぐるめぐり」が生まれたのではないかと村上が言うのは、読み終えてみて非常に納得できる。私自身、読みながら知らない間に、著者の無意識のトラウマによる『儀式的ロジックの根回し』に深く引き込まれ、私自身がいつまでも核心に入らないその物語と共に、この本に惹かれつつ読むことを躊躇したり、その先にあるべき重いものに無意識的恐怖を抱いて、読了するまで長い時間がかかってしまった。

本当は回答やきっかけ、それこそこの本でも出てくる言葉である「救済」が欲しかったのである。しかしそんな答えはあろうはずもない。
このような運命を生きることが、救済への道しるべに他の人よりも早くたどり着くわけではないのだということを、改めて思い知らされる。
このような世代を超える運命には、巻き込まれる以外に選択の余地がない、抗し難い力が働いており、それを生き抜くことで得るものは、救済への予感でもなく、知恵でもなく、希望でもなく、ただただ生きる力を失うような哀しみでしかないのだと、それだけははっきりと理解することができた。

それ以上にこの本には、家族を巡る多くのファセットが隠されており、私にとっては多くの側面から自分なりの術を学ぶためのきっかけとなる深い「事実」を見て取ることができた。
それらは、おそらく読者の心の中では、ヒントにしかなりえないものである。しかし家族の深淵を垣間見た、まさに見たくないその哀しみを見つけてしまった私にとっては、この本を読むことで、たとえこの本の根底には哀しみしか流れていないとしても、大きな勇気を得る結果となった。

すべては愛という言葉の裏に隠れるどろどろとしたものの織り成す運命であると感じる。愛がなければ人は一日たりとも存在できない、という心理学者フロムの言葉をまた思い出す。健康な愛は健康な愛を受けたことがなければ与えることはできない。愛ほど厄介なことはない。私自身、まさに自分の愛する能力に疑問を感じ、デーモン的なものに愛さえのっとられていると感じることもある。けれど、家族の歴史をさておき、こころを中和して和解さえすれば、すべてを癒す安らぎと赦しを与えることができるのも、また家族の愛だけなのであると知ることになる。
それも、この物語は十分に証明していた。

孤独な子供は、損傷が残る前に救われなくてはならない。おそらくもう遅いかもしれない。が、まずそれを肝に銘じている。

まだ感想などは書けない。が、どうしても心に残った文章を、ここに書き止めておきたかった。


P. 45
「おい坊主、死んだ人を踏みつけにしてはならん」と老人は指を突き出すようにして僕に言った。「断じてならん。いいか、お前は死者の残したものの上に生きているんだ。」

P. 125
最初の子供を土に埋めたほとんど直後に、新しく生まれた息子の顔を見て、フェイはそこに安らぎを見出せただろうか?最初の子供の時に対するときのように手放しの愛を注ぐことに、恐怖を感じることはなかっただろうか?[中略]「自分は愛されており、安心していいのだ」という感覚をフランクに与えられなかったのではあるまいか?

P. 183
そいつは、僕の人生にとって最悪のときに、僕をとらえてこういった。「あなたのことは知っているわ。あなたが最後の一人。あとのみんなはさっぱりと片付けた。次はあなたの番なのよ。」違う、と僕は自分に言い聞かせた。この幽霊は本物の幽霊ではない。いかにもそう見えるけれど、実は本当の幽霊じゃない。これは僕自身の内部の、暗くて深い場所から這い出てきたものなのだ。そのときだって、やはり僕はこう思っていた。幽霊なんかよりももっと恐ろしいものが、僕の襟首をつかまえることだってあるんだ、と。

P. 201
「それは俺の人生にはっきりとした感覚を残してくれた」と彼は言った。「自分を克服したような感覚だった。」もちろん、意識的にか無意識的にかは知らないが、兄は事実の半分しか語っていない。自分自身を克服するというとき、ゲイリーは恐怖を乗り越える能力について語っていたのかもしれない。でも彼がほんとうにそのような境地に達したことがあるとは、僕には思えないのだ。[中略]実を言えばゲイリーは自己の克服について語っていたのではなく、恐怖や痛みに泣き叫ぼうとする自らの一部を殺すか黙らせるかする術を学んだことについて語っていたのだ。それが真実だ。そのようなかたちでゲイリーが自らを克服したとき、彼は自分の生命を破壊させる力を、またその破壊を行使できるそうな他人を抹殺する力を、見出したのである。

P. 207
彼は反抗児になろうと志すくらいに――自分がどれくらいいろんなものを台なしにされたかを指し示すために、いろんなものを台なしにしてやろうと思い立つくらいに――利発で勇気のある子供だった。しかし世の中はそんな彼の反抗を受け入れもしなければ、容認もしなかった。[中略]僕はそこに損傷を受けた少年の顔を見る。もっと正確に言えば、僕はそこに堕ちた天使の顔を見るのだ。その顔は、ほかのみんなが見ている安定から目を背け、一度かぶったらはがすことのできない悪魔の仮面をつけようとしていた。

P. 262
フランク・ギルモアはベッシー・ギルモアを狂人と呼ぶことによって、彼女を本物の狂気の状態に追い立てることができたのだ。彼女の目は憤怒のためにぎゅっとつり上がり、顔つきは不思議な仮面のようになった。その仮面は堅く凍りつき、同時にめらめらと激しく燃え上がっていた。精神がこれ以上持ちこたえられないほどの激しい衝動を、母は抱え込んでいるみたいだった。[中略]母は怒りに煮えたぎった目で、父をしっかりと睨みつけていた。最愛の相手によって深く傷つけられた人間だけが浮かべることのできる、捨て鉢な決意のようなものがそこに浮かんでいた。

P. 298
ゲイレンは決して癒されることのない恐ろしい傷とともに生きていたけれど、それが彼を殺したわけではなかった。彼を殺したのは、彼が自分に向かってなし続け、なすことをやめられなかった何かだった。

P. 299
ゲイレンは僕を家の中に閉じ込めた。食堂の中から僕は、斧を使って彼がおもちゃをひとつひとつ叩きつぶしていくのを眺めていた。ゲイレンは潰れたプラスチックの塊をごみ缶に投げ込み、泣きながら家の中に戻ってきた、「いつか父さんはおまえのことだって嫌いになるんだ」と彼は苦痛に満ちた涙声で言った。「おまえにも今に分かる」

P. 338
それから頭にまず浮かんだのは、ああ、僕はこれからもっと孤独になるんだな、ということだった。でもまあそれはかまわない。僕はすでに、まわりの世界の多くのものに深く関わらずに生きていく術のようなものを身につけていた。

何年にもわたって僕は父と一緒に暮らしていたわけだが、ときおり父が一人で机の前に坐り、首をうなだれ、拳で机を叩きながら、何度も何度も「ああ、もう死んでしまいたい」と言っているのを目にしてきた。本当のところ、彼は死というものを恐れていたと思う。でも生きることは彼にとっては、絶え間のない審判のようなものであったのではないか。そして審判は、今まさに終わろうとしているのだ。

P. 359
母が父についてこんな話し方をするのを、僕はそれまで聞いたことがなかった。母の声の中に、そんな優しい響きを感じたこともなかった。それらの言葉の裏で、彼女の心が千々に乱れているのが僕にはわかった。
 キッチンで母と父の姿を見かけた夜、テーブルの前に坐って、母の手を取っていた父の顔に浮かんでいた表情を僕は覚えている。父の知らせを受け取ったときに、母がかくも深き喪失と孤独の地点から叫びをあげていたことを僕は覚えている。そう、彼らは互いに愛し合っていたのだ。[中略]一段と高いところから見れば、愛というものは――それがいかに深く切羽つまったものであれ――他人と悪い関係を持ち続けるための十分な理由にはならないと思う。とりわけその「悪さ」が結果的に他人を巻き込んで、傷つけ歪めていくような場合には。

P. 360
この結婚の継続が生み出したよりももっと悲惨な結果を、果たして離婚が生み出せたであろうかと。[中略]
人々はこう言う、何があろうと家族のためにひとつにくっついていろ。家族の尊厳と結束のためには、歯を食いしばれ。そんな御託が昔から今にいたるまで繰り返し説かれてきた――世の中に、家族の保全が失われるほど不幸なことはない。家族は保全されなくてはならず、その機能は秘匿されなくてはならない。
 ああ、僕は家族というものを憎む。僕はショッピング・モールで彼らが清潔な服を着て、一緒に歩いているところを見る。あるいは、友人たちが家族の集まりについて、家族のトラブルについて語るのを耳にする。彼らの家族を訪問することもある。そんなとき、僕は彼らを憎みたくなる。僕が彼らを憎むのは、彼らがおそらく揃って幸せな思いというものを味わっているからであり、僕が人生においてそういった家族を一度たりとも手にしなかったからである。僕が彼らを嫌悪するのは、家庭こそ善なりとする考え方が、子供たちがいい大人になってしまったあとでもまだ、過程の中で彼らを恥じ入らせたり、従属させるために、しっかりと運用されているからである。

P. 475
その日一日、僕らは母のうらぶれた家の、閉所恐怖症をもよおすような部屋に坐り、荒ぶれた我らが歴史をあいだに挟むようにして顔を向かいあわせていた。そこで僕はようやく理解することができた――母は常に、僕なんかよりもはるかに恐怖に近い場所で生きてきたのだと。

P. 483
誰かに死刑を宣告することはできる、でも生きることを宣告することはできないのだ――そう思った。

P. 538~539
あなたは自分の人生を生み出した源からすっぱりと切り離されてしまうのだ。母を失うことは、とその歌手は歌う、この世界の碇を失ってしまうことだ。あなたを生み出し、あなたを守ってくれたすべてのものはもう消えてしまった。あなたは今、波間をさまよっている。そしてあなたがもし自分の場所をどこかに見つけたとしても、あなたは自分の祖先につながる最も重要なリンクを永遠に失ってしまっている。聖なるものは、もう戻ってこない。

それから長い間、母ともう話ができないのだと思うと辛かった。いつの日にか母に素晴らしい知らせを持っていってあげようという希望が、潰えてしまったことを残念に思った。母はずっと長い歳月、数々の悪い知らせに耐えて生きてきたのだ。なんとかその埋め合わせをしてあげたいものだと僕は思っていた。

P. 549
突然恐怖が僕をとらえた。そんな時ベッドに横になり、何時間もそこに身を丸めて、暗闇が通り過ぎてしまい、なんとか正常に呼吸できるようになるのを待った。子供の頃、体の具合が急に悪くなったときにやっていたのと、まったく同じことをやるようになった。両手を固く握りしめ、手にひらに意識を集中させるのだ。思い切り手を握りしめていれば、手のひらの真ん中に、救済なり回答なりが見つけられそうな気がした。[中略]抑鬱症の経験を言葉で他人に伝えるのはむずかしい、理解することもむずかしい。しかし一度でも経験したら、忘れることはできない。あなたは周りの世界を少しばかりより同情的な目で見るようになるだろう。またあなたは自分の生活の片隅をよりしげしげと眺めるようになるだろう。そうすれば、あの暗黒がもう一度こっそりと忍び寄ろうとしたときに、すばやく感知することができるからだ。

P. 566
一家の荒廃はゲイリーの死によって終わりを告げたわけではなかった。何故ならそれはゲイリーによって始められたものではなかったからだ。
 その夜に僕はこう悟った。僕はもともと継続する見込みのない家庭に生まれ落ちたのだ。そこには四人の息子たちがいたけれど、誰一人として自分の家庭をもたなかった。誰一人として伝承や血縁を広めようとしなかった。それが心優しいものであれ残酷なものであれ、破壊されたものであれ良心的なものであれ、自分たちの望むものを、子供たちを通して拡張したり満たしたりしようとはしなかった。僕らは自らがかつてやられたように、殴りつけたり損なったりするための子供たちを持つことさえしなかった。そして僕は、確かに長い間みんなに、自分は家庭を持ちたいと言いまわってはいたけれど(ひとつにそれはそれによって、僕が自分の家庭で目にしてきた破壊の埋め合わせをすることができたらと思っていたためだった)結局のところ、どうでぃても家庭を持つことはできなかった。考えてみれば、その夢をかなえるために必要とされる選択の場面において、僕は常に間違った選択肢を選んでいた。となると、自分はそもそも家庭を持つことを最初から望んでいなかったんじゃないかと、疑わざるをえなくなってしまう。まるで僕はこう考えていたみたいだ。我が家に起こったことはあまりにも恐ろしいことであり、それらは僕らの代で終わるべきであり、止められなくてはいけないことであり、子供を持てばまた同じことが起きてしまうのではあるまいか、と。その荒廃の息の根を止めるただひとつの方法は、自分を抹消してしまうことである。

P. 564
「フランク」と僕は声をかけた。彼は頭を上げた。でも誰だかわからないようだった。
「フランク、僕だよ。マイケルだ」。彼はそこに立ってじっと僕を見ていた。よくわからないという顔つきだった。まるで僕の言ったことが信じられないみたいだった。もし彼がそのまま僕を階段の下まで突き飛ばしたとしても、きっと抵抗しなかっただろうと思う。それはそれでかまわないと思っていた。
 でも彼は両腕を伸ばして僕を抱きしめた。その瞬間、まわりのうらぶれた光景は頭から消えてしまった。その瞬間、僕は家庭というものに抱擁されていた。

P. 569
そのとき俺は思ったんだ。おまえの邪魔だけはするまいってな。お前の前にのこのこ現れて、この姿をさらしてお前に恥ずかしい思いをさせたくはなかった。おまえはうまく過去を捨てられたんだ。そして俺は、その過去をもう一度蒸し返すような真似はしたくなかった。[中略]僕はそこに黙って坐って、じっと兄の姿を見ていた。そしてこう思った。これがこの広い世界で、僕に残された家族のすべてなのかもしれない。でもそれで不足はないじゃないか。僕はそれまで、この兄の心の深さや、その孤独の広漠さを、本当に理解したことはただの一度もなかった。[中略]僕には、血のつながりの中から生まれる信頼について、値打ちのある何かを学びとるための準備ができていた。

P. 587
そこで僕は目を覚ます。臓腑は苦痛に疼いている。自分が本当に泣いていることに気づく。僕は暗闇の中に横になって、すすり泣いている。実際に子供が死んでいないことはわかるのだが、それでも泣き止むことができない。それは実際に起こった喪失みたいに感じられるし、そんなものを抱えこんで生きていくことなんて、できないように思える。[中略]
 ウィスキーを飲み終え、布団の中に潜り込み、頭から枕をかぶって恐ろしい朝の光を避けようとする。僕はその光を憎んでいる。身を丸め、自分に向かって言う。「何もよくなんかならない。絶対に。絶対に何もよくなんかならない」。何度も何度も自分に向かってそう言い聞かせる。そのうちに僕はその言葉の中に安らぎを見出して、やっとまた眠りに落ちることができる。