2010年6月2日水曜日

音楽への道は過酷である。
やるからには、その辺の音楽教師で良いなどという気持ちでは、鄙びた町の片隅の教師にもなれない。芸術の一部であるにもかかわらず、現実は競争に競争を重ねた世界である。
スポーツとの違いはどこにあるかと聞きたい。

また表現といったって、内面に向かう声を音に聴く耳を持った人間は少なく、教師、教授クラスだって、そんな耳を持たないものが大半である。

所謂競技的な教育は、楽譜に書いてあるダイナミクスを大げさに身体で表現し、楽譜を忠実に聴き取れるというレベルであれば良いのである。それが音楽性といわれるもので、和声を汲み取っているか、本人にしかわからぬ程の、実に繊細な音質の変化、音符の間隔、合間の取り方などは、学生である間は、無視したとしても、楽譜に忠実に、大げさな強弱表現をして、大きく体を動かして舞台で堂々と演奏する能力こそ、期待されているのである。

さて、息子は、音楽のエリート校といわれる学校に通っている。自慢でもなんでもない。むしろあんなところに入れた親として、責任を感じている。
その学校で、バリバリに体育会系、つまり学生、生徒の「出来」栄えで、自分のキャリアを証明する教授の門下に入り、全くのダメ息子、音楽性ゼロといわれているのが、うちの息子である。

私は、有名であるとか、テレビなどの露出メディアだとか、そういうメディアに出演している演奏家との共演などを出来るだけ断り続けて、地味に徹し、マスメディアの価値観に、絶対に自分の芸術を持ち込まないという彼の父親と共に学び、共に暮らしてきた人間である。

息子の音楽性を聴く耳は、教授のそれとは真反対の価値観に匹敵し、まったく接点がない。教授が才能あるという子供達こそ、ロボットのように楽譜の強弱をつけて、見せる音楽をするために身体を動かして、絶対に間違えない「安定性」を最強の武器にしている。

私にしてみれば、その子たちの音楽を聴いて、一瞬たりとも、このような繊細な感性はすごい、このような深い情景が聞こえてきたのは初めてだ、といったような感想を持ったことはない。「すごいね、君のテクニック。ドイツ製のロボットのできは、最高レベルで、これなら野太い音で、素晴らしい土のにおいのする完璧音楽マシンになるね。」と言うお墨付きを与えるぐらいである。

息子のは、貧弱で、テクニックも危うく、比べてば見劣りがし、まったくこの怠け者は、聞いているものをひやひやさせる!と、こちらの怒りも心頭なのである。
しかし、音楽への感性、音への感性と言うものがあるとすれば、この息子なのだ。
バリバリと、割れるような野太い音で安全に演奏し、スポーツ選手のような、筋肉質な野心で、負けじと迫ってくる演奏では、私の心は動かない。競技を終えた後、なかなかでしたねという、技術への感心は出てきても、それは音楽だったと言われると、すっかりハテナ印が頭上を飛び交うほど、音楽であったと言う実感がないのである。

息子は、殆ど気付かないポイントとやり方で、感じていることを音にしているのが聞こえる。この子には才能があるなと、「聴く耳」にはわかるのである。
ところが、この怠け者と、この自信のなさから来る不安定性と、このときに繊細すぎる性格では、この過酷なスポーツの世界を生き抜くことは出来ない。

不本意であるが、勝ち抜くのは上述の野太い子供達である。

その中から時々、本物が出るが、そんなのは100分の1ぐらいで、殆どは凡庸な才能をどう扱うかという問題になる。

凡庸な才能と言えば、野太い子達も息子も似たような凡庸な才能である。
しかし、世界は聞こえるもの、見えるもの、迫り来るもの、そして「引っ込み思案」でないものを認めるのである。
それを愛するのがマスメディアの規準なのだ。

息子をこの学校から引っ張り出そうかと思っている。
あの子は、頭の良いしどこでもやっていかれる。
あんな凡庸で繊細な傷つきやすい才能で、このようなスポーツ競技系エリート校にいるのは、確かに難しい。

私は、その内情を知っているからこそ、昨今の主流音楽業界に吐き気がするからこそ、この辞めさせちまおうという病が出てきてしまう。

まあ息子に決心させよう。
あんなにスポーツ競技同様に、「一流音楽家の卵」を排出、あるいは生産し続ける教育とは何かと、段々はらわたが煮えくり返ってくるのである。

1 件のコメント:

  1. 一流の音楽家か。最近の「商魂逞しい音楽業界」を見てると、自分のやり方とか考え方は全く今の時代に合っていないんだな、と感じざるを得ない。しかし私が聴いて憧れ目指した歌手や芸術家達は、今の時代に活躍している人達とは毛色が違うのだから、仕方ないのかもしれない。
    大学で音楽以外の事を学んでいる生徒達にはいつも言ってる。絶対に大学は卒業しておきなさい。将来の選択肢は多い方が人生も豊かになります、って。
    音楽だけに没頭できる人生を歩める人って、結局は一握りなんだと思います。
    まだT君の年齢では、学校の環境はとても大きく左右すると思うけど、賢くて実はとても逞しく思慮深い彼なら、きっと必要な時に自分の歩くべき道を選択できるように思います。
    しかし、難しい世界だよね、ホントに。

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